好きなことをして生きていくって

厳しい

なんだそれ

僕はIT系志望で就活していたが、幾つかの企業で「プログラミングは好きですか?」といった事を訊かれた。「好きなことなら頑張れる」「好きなことなら続けられる」「好きなことで仕事をして楽しんでもらいたい」…だそう。

仕事は仕事

仕事には責任も納期もあって常に追われ続ける。生きていくためには仕事をしていかなくてはいけなくて、やめるわけにもいかない。呪縛のようなものである。例えばどんなに好きな食べ物があったとしてもそれを毎日食べ続けられるだろうか。最初の数日、数週間くらいは平気だろうが誰しもが途中で飽きて嫌になって最後には見ることすら拒絶したくなるはずだ。大好きだったものが最後には見るのも嫌なものになってしまうのである。

仕事はどんなに気が乗らなくても、どんなに苦痛でもしなければならない。既にそれが嫌になっていたとしても続けなければならない。「好きを仕事に」なんて言葉は苦痛に耐え、嫌々仕事をしている現実から目を背ける為のものだ。無理矢理やらされていて嬉しいはずもないのに「好きなことで仕事しているから自分は幸せなんだ」と。

途中で辞めたら

嫌になったら辞めたら良いかというと、多くの場合、現実的に考えてそういうわけにもいかない。なぜならある程度続けてきたことには専門性があり、その専門性に対して対価が支払われるため、途中で辞めて転職なりするとその専門性が失われ、給与が下がる。ある程度の専門性を持った頃には年もそれなりになっているだろう。無論そんな年齢の新人など待遇もあまり良くない。

飽きたら違うことして生きていこうとするとどうしても収入も待遇も低くなる。高い収入良い待遇が欲しければ嫌でも同じことをずっとし続ける呪縛を甘んじて受け入れなければならないのだ。厳しいね。多くの人の場合、収入や待遇が下がるのを嫌って仕事を継続するが。

本当に好きなことを仕事にしようとして職を転々とすると収入がとても少なくなる。まあその少ない収入前提で人生設計して生きていけば好きなことをして、我慢も必要なく、己を騙す必要もなく、「自然に」生きていけるのかもしれない。(金欠は解決されないかも…)

終わり

僕が飽き性だからこんな考えなのかもしれないけど。

(途中から何書いてるかわからなくなった)

では、また。

春ですね

もう5月なるけど…

周囲の状況

就活している人が多い。それはそう。少しづつ内定を確保した人達も出てきている。でもやっぱりまだ内定が無くて苦しんでいる人も多い。学歴や資格がなくて内定がもらえないのはまあ考えなくても分かるので置いといて…それなりの学歴や資格を持っている人でもお祈りされていて何とも言えない。

自分の状況

自分も就活をしている…体だが実は殆どしていなかったり。何故かと言うと実は内定を既に貰っているから。黙っていたのは自分だけ先に取ったからといって周りに(しかもネット上の人に)報告してもただの自慢にしかならず、その上焦らせたりなど不快感を与えるのが殆どだから。最近内定を貰った人もちらほら出てきたので自分もここでこっそり報告。

以下くっそ長い自分語り。

学歴

学歴に応じて志望する企業も変わる。高ければ学歴重視の企業も視野に入り選択の幅が広がる。…が、残念ながら自分はMARCHほどの学歴もない。最初からそういった企業はほぼほぼ無理なのであった。

性格

明るく元気でハキハキとした人を採用するよね。僕は真逆なのでこれも無理。自分に自信がないので自己PRなんかもとても苦手である。少なくとも聞こえる声量で話すことはできるが、面接なんか終わってるんじゃないだろうか。実際あうあうした。

資格

なし。

対策

学歴も性格も資格もこの就活において何一つダメだったのでどうにかしないとな…と考えたのが去年の夏あたり。

そうだコネ作ろう。

と思ってコネ(のようなもの)を作りを始めた。何をしたかというとインターン参加や出来たらバイト。まずインターン(1日とかじゃなくてある程度の期間があるもの)に参加してそこでバイトさせて下さいとお願いした。バイトが通ったらちゃんと労働。幸い、大学の単位はほぼ取りきっていたのでそれなりに入れることが出来た。

僕はこれで苦手な自己PR代わりにするつもりでいた。インターンやバイトでの働きで能力を見てもらった。「〇〇の資格あります!」とか言うよりこっちのほうが確実とも思った。そもそも僕はまともな資格が一つもない。それにちゃんと働ける能力があるのなら学歴もどうでも良いと思ってくれるだろうと期待。(とはいえ中小のIT企業で学歴重視はあまり見ない気もする)

結果

コネ(のようなもの)を作った企業に応募してテストや面接を受け、結果内定を貰った。どこも面接はガチガチで失敗していて恐らく平均的な就活生と比べるととんでもないものだったかもしれない。けど通った。後から訊くとやはり既に働きを多く見ていたのが大きかったようだ。

そんなこんなで少々一般的な就活とは外れたが無事内定を確保したのだった。そもそも学歴性格に難があり資格もないので普通のやり方で内定をもらうのは至難の業だろう。そう思ったからこそのコネ(のようなもの)作りな訳だけど。

結局、ESやSPIなど一ミリも触れずに終わった。

以上くっそ長い自分語り。

終わり

正攻法以外があって助かった。

では、また。

趣味

わざわざ作るものでもない

必要

趣味というのは生きていく上でかなり重要なものだなとここ最近感じた。その影響は自身のみに留まらないな、とも。

個人

趣味がないと鬱になりやすいとか、鬱になると趣味を失うとか聞いたことがある。想像するのも難しくない。やりたい事がなく、休日にただただぼーっとしてるだけの人間は何か問題がありそうなものだ。ご飯を食べていれば死にはしないが精神的には趣味がないと潤わないというものだろう。

この場合、何を趣味にしても問題はない。人に言えないようなものだろうが何だって良い。自分が楽しめればよいのだ。健全に生きている人ならば何かしらあるはずだ。

自分は以前やっていたスマホゲーをやらなくなって、アニメも見なくなってしまい趣味を失っていることに気づいたので最近慌てて(?)アニメをまとめて見ている。意味があるかは不明。趣味と言えないかもしれないが一応趣味として位置付けている。

社会

ああ、なんてことだ…趣味は社会でも頻繁に必要になる。初対面の人との会話で趣味を尋ねる事は多い。なにせ初対面なのだし、相手がどのような人物か知るのにも手っ取り早い(らしい)。日常会話以外にも履歴書など就職活動でも趣味を訊かれることは多い。それが一番の問題。

…ここで必要になる趣味は何でも良い、という訳にはいかない。印象の良い趣味と印象の悪い趣味は確実に存在する。趣味はあるけれど人には言えない…言ったら死ぬ…なんて経験、ある人もいるだろう。

捏造

結局、堂々と人に言える趣味が必要なのだ。友達作りなら趣味が合えばどんなものだって良いけれど、公の場だとある程度絞られる。スポーツが趣味だと良いね。爽やかでウケも良い。自分の好きなこと語れば良いのだからとても楽ちん。逆に公の場で言いづらい趣味しか持たないと困る場面が多い。無難に読書だとか音楽鑑賞だとか捏造したり。でも実際趣味ではないから薄っぺらくつまらない人間だと思われることがほとんどだろう。困っちゃうね。自分は、よく知っている事や専門、得意分野を趣味として話すという手を使ったりもしているけど正直微妙な気が…

終わり

社会は窮屈。

では、また。

メモ

文字を書くスピードマシにしたい

間に合わない

仕事で指示されたことのメモを取ると思う。大抵は話を聞きながらメモをとるだろう。しかし自分は文字を書くのがどうも遅いらしく苦手である。メモをとるのを待ってもらったりもあるが、中々待ってもらいづらい人もいるわけで…

ということで最近はメモのとり方を変えている。

書かない

いや、書くけど。話を聞いている最中に書かない、という事である。聞き終わった後にまとめてメモを残すのだ。こうすることで、話に集中できるしメモをとるのに話を中断してもらい会話のテンポを崩してしまうということもない。

開き直り

話が終わった後内容忘れたらどうするの?と疑問に思うかもしれない。その時は考えても無駄なので諦めて質問しに行く。ただ、話の直後に内容を忘れてしまうほどの情報量をいっぺんに与える側に問題があるのではないだろうか。メモをとっていると指示が頭に入らないしメモを取る時間を確保すると指示する時間も長くなってしまう。そんなに長いなら最初から指示を書面に纏めておけと言いたい。そのほうが確実だ。

そう上手くいかず…

とはいえ、普通にダラダラと長い指示を出してくる人もいるし(やめて)メモをとっていないと心配してきたりする人もいる(良い人ですね)。また、印象が悪いという人もいる(知るか)。結局メモをとったりとらなかったりフリしたりだ。やはり、速く書けるに越したことはない。

終わり

ボイスレコーダーは手を出していない…

では、また。

お一人様

英弱だから間違えてたらごめんだよ。

日本語と英語

こ-どく【孤独】 仲間のないこと。ひとりぼっち。「ー感」

広辞苑にはこう記されていた。「孤独」と言う言葉を聞いた時、寂しさなどマイナスなイメージを抱く。この言葉に対応する英単語が「loneliness」である。しかし英語には一人ぼっちであることを表す言葉がもう一つある。それは「solitude」である。

「solitude」は他の人がいないことによる寂しさだけでなくその自由さを歓迎する意味も表すことが出来る単語だ。また、自ら進んでひとりになるような意味もあるらしい。「loneliness」にはひとりぼっちの自由さを歓迎する意味はない。寂しさを表す意味合いが強い。そして、集団の中に属していながらも感じるものでもある。周囲に人がいても疎外感等を感じているのだ。個人的にはこのような状態のほうが精神的に苦しいもののように思う。

enjoyment of solitude

ひとりでいると、可哀想に思われたりすることが多いが、「solitude」であればひとりでいることは決して悪いことではないのだ。むしろ自らひとりの時間を作り自由に行動するということは、自立していると言えないだろうか。何にも縛られない自由な時を過ごす、最高ではないか。「solitude」は楽しむことが出来るひとりぼっちだ。

孤高

少し逸れるが「孤高」という言葉がある。これは何か目的意識を持って一人になるようなことなんだそう。楽しむようなものとはまた違う。「solitude」に目的をもたせたものと言えば良いのか…仕事などの側面が強いのかな?

solitudeであること

先にも述べたが、ひとりでいるとどうしても可哀想に思われたりする。これは日本独特のものなのだろうか。最近は「ひとり〇〇」を提供するサービスも増えているが、どうか「お一人様」がもっと世に浸透していってほしいと思うばかりである。常に集団で行動していないと変な目で見られるなんて変じゃないか。ひとりを楽しむ事がもっと当たり前になって欲しい。みんなで楽しむことももちろん大切な事で、出来るに越したことはないんだけど。

終わり

自ら一人になることと一人になってしまうことはまた別だけど、楽しめれば良いんじゃない。

では、また。

性格診断

あけましておめでとうございます。

やってみた。

エゴグラムというものをご存知だろうか。簡単に言えば性格診断の一種である。最近これをやってみた。結果が以下のとおりである。 f:id:akiikaakiika:20170101220919p:plain なんというか、最悪であった。

しかし、これが言っていることは殆ど当たっている。性格や対人関係の結果なんかよく当たっていると感じた。恋愛・結婚に関しても確かに納得がいく。同い年の人々と比べるとやはり自分は消極的だ。職業適性を見ると、運良く自分の勉強している分野が含まれていた。なるべくしてなろうとしているのか。

捉え方

この診断に限らず、こういった性格診断の結果を受けて一番良くないのは、鵜呑みにして「自分はこういう人物だ」と思い込むことなんじゃないかと思う。あくまで参考に留め、悪く言われた部分は日頃の戒めとして良く言われた部分は疲れたときの心の支えにするくらいで良いんじゃないかな(適当すぎ?)。他人からの評価を全く気にしないのは社会で生きていけないと思うけれど、気にし過ぎは毒だと思う。

僕は全然気にしないタイプ。そうすることで自己防衛しているのかもしれないなあ、なんて。

そもそも物事は様々な表現ができて、良くも悪くも言える。例えばあなたの性格を「細かい」という人も入れば「几帳面」という人もいるだろう。悪く言われて傷つくなら、良く言われて調子に乗ってしまうのなら、表現を自分の中で変換して捉えてみれば良いと思う。

それと、本質的に捉えれば良い。「細かい」も「几帳面」もどちらも同じ事ではないだろうか。あなたを評価した人物がどう感じたかの違いはあるだろうが。この違いは社会や集団で生きていくには区別しないと人間関係上手くいかないだろう。実際人に何か言われる時は言葉の裏や皮肉もあったりして難しいのだけど。

終わり

ポジティブに生きろ。

では、また。

選択

能動的な我儘は活力

小さい頃に良い子だった人たちは自分で選択することが苦手であるように思う。自分もその一人だ。親や先生といった大人の言うことを聞き、きちんと守る。それで褒められた。逆に、あれがしたいこれがしたい、あれが欲しいこれが欲しいと主張すると大体怒られた。また、勝手に判断して行動をしても怒られた。だから、幼い頃から相手に決めさせるようになった。「何して遊ぶ?」「何でも良いよ。〇〇のしたいことは何?」といった感じだ。次第に主張も減ったし何かをしたいとか思うことも少なくなった。友達やその親御さんたちには「大人っぽいね」なんて言われたり。選択しないことは良いことだった。

流されるままに

習い事も勧められるがままにやった。作文でよくある将来の夢なども周囲のマネをして適当に理由をつけて書いていた。そのうち無難な答えを出す事も覚えた。一般論で濁す事も覚えた。そのために周囲の話や意見、主張に耳を傾けていた。みんなはこういう事を望んでいるのか、じゃあ自分もそうすれば文句を言われることはないだろう、と。

進路

進路選択、それは自分にとって大きな問題だった。初めては高校進学。クラスには既に夢を持っていてその夢を叶えるために進路を決めている者も居た。自分には夢がなかった。そもそもしたいことがなかった。何をしたら良いのか分からず、どこに行ったら良いのか親に訊いた。すると、「自分の進路は自分で決めろ」と返ってきた。とりあえず普通科に進んだ。

大学進学、このくらいになると自分のやりたい事を見つけている人が多い。周囲は自分の夢を叶えるために必要な勉強ができる大学、やりたい研究ができる大学を目指し努力していた。自分には夢がなかった。そもそもしたいことがなかった。高校と違って普通科なんて逃げ道はなかった。パソコンで動画を見たりサイトを巡回したりすることが多かったからパソコンを扱うらしい情報系に進路を決めた。興味なんて微塵もなかった。

選択肢が多く正解もない選択を迫られ苦しかった。

情報系の道へ進んだからそれを勉強している。そうするしかないのだ。他にしたいことも思いつかないし、多少の気まぐれが起こっても今更進路変更するほどの気力もない。情報系の学生という身分が自分の行動を支配し、形作っている。それで良い。このまま、これが自分のやりたい事だと言えば丸く収まるのだ。

終わり

やりたい事やっていますか?

ではまた。